9. Sve je uspomena na putovanje (全てが旅の思い出)
鍾乳洞 (Postojna cave)をあとにし
カフェで待つ友人と合流した。
少しカフェで休憩したあとに、レストランに行き昼食をとった。
昼食をとった後は運動がてら、街を散歩した。
都会の高層ビルなんてものは一つもなく、静かでのどかな町。
都会の空気感とは全く異なる。
時間に追われることなく、この町だけゆっくりと時が過ぎているような感覚。
小さな町なだけあって、半日もあれば十分に堪能できる。
夕方くらいになり、用事があるとのことで友人と別れ、俺もザグレブに帰ることにした。
Ljubljana(リュブヤナ=首都)まで電車で行き、そこからバスに乗り換えザグレブに戻る手はずだった。
とりあえず駅に行き電車の切符を買うことにした。
しかし・・・チケットを買うための窓口が全て閉まっていた。
窓口のところを、事務所であろうドアを、駅のあらゆるドアを
ノックしても全て応答なし。あとから聞いた話によると日曜日は13時までしか窓口は開いていないとのこと。なので俺が到着したときには既に無人駅と化していた。
瞬時に最悪のケースが頭をよぎった。
全て反応なし→切符買えない→リュブヤナにもザグレブにも戻れない→1月の寒い時期に野宿。
すぐに友人に連絡して助けを求めたが、用事があると言ってたので応答せず。
とりあえず考えていても仕方ないと思い、駅周辺を散歩していたおじいちゃんに聞いた。が、そのおじいちゃんはわからないと。
駅前に座り途方に暮れていた。そのとき一台の車が目の前で止まった。
若いお兄さんが窓越しに『どこから来たの?』、『どうしたの?』と声をかけてきた。
必死にそのお兄さんに事情を説明すると、『バスがでてるよ!』とのこと。しかしどこから乗るのかも、どのバスかももちろんわからない。
それを察してか『バス乗り場まで送ってあげるよ!』とまさかの一言。
見ず知らずの金髪のアジア人に、ここまで優しくするお兄さんの言動に目頭が熱くなった。
お兄さんの助けもありバス停に到着。
感謝してもしきれない。いつかこの恩を返せる日がくることを願うばかり。
お兄さんに別れを告げ車を降りた瞬間、お兄さんもなぜか降りた。
するとお兄さんが『どのバスか一緒に調べてあげるよ』と親切心の極み。
畳みかけるかの如く、『バスのチケットは乗る際に買うことができるよ。でもわからないかもしれないからチケット買うまで一緒にいるよ!』と。
なぜそこまで優しくしてくれるのか聞いたら『困っているのをみたから。ただそれだけのことだよ。』とのこと。
まるでスーパーマンが言いそうな一言。
“困っている人を助けることに理由はいらない“と。
1時間程お兄さんと雑談しながらバスを待っていた。
すると友人から折り返しの電話がきて、状況を説明すると『バスがあるよ!もっと早く連絡してくれればよかったのに!』と・・・いやいや、と突っ込みどころ満載だったが
軽くいなして電話を切った。
ほどなくしてバスが来て
お兄さんのおかげで無事バスに乗車することができた。
考えた・・・
日本にいたとして、同じような状況を目の前にしたとき同じようなことができるだろうか。
おそらくできないと思う。一瞬でも邪な、不純な考えが頭をよぎると思う。見返りだったり、助けている自分に満足したり酔いしれたりと。
純粋に困っている人を助けるという親切心一択ではないだろう。
だからこそ今回のお兄さんの言動には嬉しくもどこか胸を痛くした。
無事バスに乗り込むも
そのバス車内でも小さな波乱に見舞われることに・・・
Vidimo se ! (またね)